
出発は2011年8月27日の18:22ごろ。
夕飯になる駅弁と飲み物を買い込んで、京都駅の0番ホームで日本海の到着を待ちます。


221系と並走しながらホームに進入してくるEF81電気機関車牽引の日本海。
ブルートレインに乗るなんて、人生初めてのことなので興奮気味。


古めかしい字体の側面幕が旅情を誘う…w

かなりの人数が乗り込んだようです。
まだこの頃は鉄ちゃんよりも、一般のお客さんの方が多かったですね。

客車の中には、通路の両側に寝台が据え付けられた独特の空間が広がります。

指定された寝台のカーテンを開けるとベッドが。これは上段です。

すぐに列車は走りだし、山科から湖西線に入ります。上段の窓はこれ一つです。

弟のいる下段に降りて晩飯。近江牛すきやき重。

山の向こうに沈んでいく夕日を眺めながらぼーっと。優雅な時間w
敦賀までノンストップなので、車内を探検することにしました。

A寝台はご覧のとおり、中央に通路があって、左右に二段式の寝台があります。
このような形式をプルマン式A寝台と呼ぶそうです。
解説:
http://www.toretabi.jp/history/vol12/01.html床は赤じゅうたんで、日本海の編成の中では一番豪華な車両かつ、このような形式のA寝台は、日本中の客車寝台列車の中で日本海のみに連結された車両でした。
現在はダイヤ改正によって臨時列車化され、B寝台のみに統一されたため、二度と乗ることができないものと思われます。

A寝台のオロネ24 4のプレートと、製造会社の日本車両のプレート。昭和48年製とありました。38年も走り続けているご老体ですね。
オロネとは…
オ=客車は、コ・ホ・ナ・オ・ス・マ・カの文字順に重さを表記する。オは大型のオで、35トン前後の客車を区分した表記。
ロ=イ・ロ・ハの順で一等車・二等車・三等車と数えたとき、廃止された一等車に次いで豪華な車両。グリーン車とA寝台車のこと。
ネ=寝=寝台車のこと。
これらの特徴を持つオロネ24の4番目に製造されたもの。

A寝台の洗面台。編成の行きどまりの部分にあるので、実質A寝台の客専用です。
シェーバー用のAC電源があるので、携帯の充電に使っている方がいらっしゃいました。

こちらはB寝台。通路が進行方向左側に寄せられていて、横方向に寝台が設置されています。
解説:
http://www.toretabi.jp/history/vol12/01.html後にこちらにも乗ることになるのですが、それはまた別の記事で。

日本海号には車内販売も、自動販売も無いのですが、唯一冷水器が各車両に設置してあって、左下に入れてある折りたたみ式の紙コップに水を注いで飲むことができます。
(青森発大阪行きの日本海号のみ、富山から敦賀間で車内販売がありました。)

寝台に戻って、寝ころびながら窓から景色を眺めます。

福井駅に到着。先を行く列車が遅れていたため、10分ほど遅れていました。

ちなみに、各寝台には浴衣が用意してあって、自由に使うことができます。
柄はJRマークだらけのこちら。夏場なので、ありがたく使わせてもらいます。
あ、持ち帰りは禁止ですよ。

寝ころんで見上げるとこんな感じです。屋根が限界まで高くしてあって、それほど窮屈ではありませんでした。
身長169cmの僕ですが、天井の一番高い部分はまだそこそこ余裕がありました。

読書灯点灯。この車両のものは点灯→消灯のみでした。

金沢を出たあたりでA寝台はこの暗さまで消灯。高岡からは車内放送も入らなくなります。
もう少し車内探検。

A寝台の後部に設置された喫煙スペース。ソファが二つ向かい合って設置されています。
ちなみに、客室内のA寝台もベッド部分を折りたたむとソファ変わります。ただし、現在は寝台に固定されているので動かすことはできません。

灰皿は「JR東日本」ロゴのものでした。

A寝台ならではの設備、更衣室。

乗降扉は折り戸。最近はあまり見かけません。

車掌さんが扱う乗降扉の開閉装置。「これ」「他」という表現がなんともw

23:50直江津到着。ここで、JR西日本の運転士さんから、JR東日本の運転士さんに交代します。
そのため、そこそこ長い時間停車するんですが、先頭まで行って写真を撮って戻ってくる勇気がありませんでした…充分間に合ったのに…。
ちなみに、車掌さんは大阪から青森までずっとJR西日本の担当です。

乗車券類はこんな感じ。片道101km以上あるので乗車券購入には学割を使用。2割引き。
さらに、往復で出発地と目的地が同じ、かつ片道601km以上あるので、往復割引乗車券となり1割引きされます。
計算ではまず学割で2割引きされたあと、その金額からさらに往復割で1割引きされます。3割引きではありません。
そんな運賃計算の薀蓄をたれつつ、その2へつづく。
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